2017/08/31

今月の言葉(2017年9月)

 ※「今月の言葉」は、山門と通用門脇の各掲示板に毎月初めに掲示します。
    (山門脇の「言葉」は、真宗教団連合発行の「法語カレンダー」より)
 ※恥ずかしながら、住職が揮毫した「言葉」を掲示しています。


「願力無窮にましませば 罪業深重もおもからず」
                     (親鸞聖人『正像末和讃』より)

和讃全文
 願力無窮[むぐう]にましませば
  罪業深重[ざいごうじんじゅう]もおもからず
  仏智[ぶっち]無辺にましませば
  散乱放逸[ほういつ]もすてられず

現代語訳
阿弥陀仏の本願のはたらきにきわまりなく、どれほど深く重い罪もさわりとなることはない。阿弥陀仏の智慧のはたらきは果てしなく、散り乱れた心で勝手気ままな行いをするものであっても見捨てられることはない。

※本願・・・それが完成しなければ仏(真理をさとったもの)にならないという誓いをともなっているので、誓願といわれる。阿弥陀仏の衆生救済のための根本となる願い。



「胸に手をあててみる 心ぞうが動いてる 私のために」
                                     (東井義雄師)

息を吸う、息を吐く、私の意志で?
足の裏はどんな気持ちで私を支えている?



<9月は“お彼岸”>

彼岸(かの岸)とは、生死の迷いを超えた“さとりの世界”のことです。迷いの世界である此岸[しがん]に対する語で、梵語パーラミター(pãramitã 音訳「波羅蜜多」)の意訳である“到彼岸”の略です。

秋の彼岸の中心となる「秋分の日」は、祖先をうやまい、なくなった人びとをしのぶ日とされます。

墓前で手を合わせる時、いのちの縦糸を手繰ることができるはず。自分のいのちや生き方に、遠い先祖からの願いが掛かっていることを知るよい機会になることでしょう。