今月の言葉(2019年10

※「今月の言葉」は、山門(A)と通用門(B)の各掲示板に毎月初めに掲示します。
   (山門脇の「言葉」は、真宗教団連合発行の「法語カレンダー」より)
※恥ずかしながら、住職が揮毫した「言葉」を掲示しています。
※2019年1月より、A3用紙に仏教に関する内容を簡単にまとめ、「A3仏教」と名付  けて上記掲示板に掲示することにしました。若干手を加える場合がありますが、ここにも掲げることにします。



今月の言葉(A)

「『信心』というはすなわち本願力回向の信心なり」 
                                  (親鸞聖人著『教行信証』より)


現代語訳 


「信心」というのは、如来の本願力より与えられた信心である。

※本願力・・・本願は、それが完成しなければ仏(真理をさとったもの)にならないという誓いをともなっているので、誓願ともいわれる。阿弥陀仏の衆生救済のための根本となる願い。その願いのはたらきを本願力という。

※回向えこう]・・・阿弥陀仏が本願力をもって、その功徳を衆生にふりむけることをいう。

※教行信証・・・親鸞聖人の主著。「本典ほんでん」ともいう。日頃お勤めして親しんでいる「正信念仏偈」はこの著書の中の偈文。



今月の言葉(B)

「真におろか者と気がつけば
    人の教えを聞くこころになる」
                                             (真宗僧侶 暁烏敏師

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の系列大学である龍谷大学に在学中、落ちこぼれの仲間が集まって「愚禿会」という会を作りました。
もちろん、われわれの宗祖である親鸞聖人が「愚禿釋親鸞」と名乗られたことに由来します。
私たちの学校においても、あるいは親鸞聖人を崇拝する人々によって無数の「愚禿会」が存在すると思います。

「愚かでハゲ」、かなり強烈です。学生時代ですから、さすがに「禿」の方はそれほど?該当者はいませんでしたが、今では・・・。

また、同じ京都にある大学の書道部は確か「大愚展」という書道展を開催していたと記憶しています。私たちと同じ浄土仏教系大学です。

さらに、私が大学卒業後に所属した書の団体の創始者の一人である国際的に活躍した書家の代表作は「愚徹」でした。

それぞれきっと深さは違うでしょうが、「愚」の意味に気づいた人々の所業です。愚の自覚の深さによって、頭を垂れる角度、人の教えに耳を傾ける真剣さに違いができるでしょう。

愚かさを掘り下げる作業は尊い訳です。一人で掘り下げつつ、掘り下げた深さを測るにはやはりきちんとした物差しが必要でしょう。自分の目分量では正確には測れないと思います。

その愚かな者と聖者が等しく救われる。阿弥陀様のお救いによって。

※暁烏 敏あけがらす はや・・・石川県生まれ、1877~1954。真宗大谷派(東本願寺)僧侶。高浜虚子に師事し、詩や俳句を多く残した。愛称が「念仏総長」だとか。


 《享年と行年》 …「A3仏教」2019.10

位牌や過去帳に書く年齢の「享年」や「行年」に大きな違いはないように思います。けれど、どちらも満年齢でなく「数え年」です。
満年齢は母体から産み出された時を、数え年はお母さんのお腹に宿った時を生命の出発ととらえるという違いがあり、1年間の差があります。
一般的には満年齢であり、法的解釈はともかく、お母さんの胎内で育む期間を“生命”として数えないのはどうなのかな?と思います。